誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
知らないことを知ること……ムラセさん
これはソクラテスの言葉だね。「無知の知」とは、いろいろなことを本当は知らない(=無知である)ことをわかっている(=知っている)という意味だ。いまもむかしも自分のことを物知りだと思っている人は多い。だけど、ソクラテスは、あえて自分のことを、モノを知らない人間だと言ったんだ。
なぜか。それは、ソクラテスが、いろいろなことをもっと知りたい、理解したいと思っていたからだ。自分を物知りだと思っている人は、もうちゃんとわかっているから、これ以上考えても仕方がないって思ってしまう。でも、ソクラテスは知らないと自覚しているからこそ、ふつうの大人が当たり前だと思ってしまうこと、たとえば、「正しいって何?」とか「そもそも知るって何?」みたいな、哲学の問いについても考えることができた。だから、ソクラテスは「最初の哲学者」なんて言われたりしている。
「無知の知」は、哲学をするとき、「そもそも」って考えるときには、どうしても必要になるのかもしれないね。
どんどん疑問が……コーノさん
私たちは、知っていると思い込んでいることでも、よく考えてみるとぜんぜんわかっていないことがたくさんある。たとえば、私は犬を飼っているけど、犬が、なんで、こういう行動をするのかがわからないし、なんとなく人間の言いたいことを理解しているようにも思えるけど、どうやって理解しているのかがわからない。いつも一緒にいる犬だけど、よく考えてみると、実は謎だらけの生き物だ。
ふだん、何にも疑問に思わずに犬と一緒にいると、犬のことがわかっているように思えてくるけど、疑問をもちはじめると、次々にわからないことばかりが思いつく。他のものでもそうで、少し考えたり調べたりすると、わかったこと以上に分からないことが増えていって、最初の状態よりも自分はたくさん知らないと思えてくるんだ。だから、真剣に何かを知ろうとすればするほど、どんどんわからないことが増えていく。
ソクラテスが、自分はぜんぜん、モノを知らないと考えていたとするなら、それはソクラテスが誰よりも疑問や謎に気がつく人だったからだと思う。何かが少しわかっても、すぐそれ以上の疑問やなぞが、どんどん心に浮かんでくる人だったと思うんだ。
それでも考え続けると…… ゴードさん
そんなにわからないことばかりが心に浮かんでくるのは、なんだか苦しくないかな。私はやっぱり、考えたら少しは「わかったぞ!」って思いたいな。難しい問題について考えているときはすごく大変だし面倒くさいけれど、解き方をひらめいて答えを出せたときには、なんだか感動するし、とってもうれしい。そのうれしい気持ちがあるから、また次の問題を解きたくなるんだ。あまりにも問題が難しくて「どうせ考えたってわからないや」と思うときは、考えたくなくなっちゃう。それに「これが解けたからって何もいいことはないし、別に解けても解けなくても同じだ」と思ったときも、面倒だから考えるのをやめちゃうな。
だからソクラテスは、ただ自分の無知に気づいていただけではないと思う。どんなにわからないことや難しいことがたくさんあっても、考え続けたらきっと謎を解くことができるし、解けたら絶対に良いことがあるって、強く信じ続けた人なのではないかな。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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