誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、哲学者が、子どもたちとともに考えていくという形で書かれた「子どもの哲学」シリーズの第2弾『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
先生がさぼらないため……マツカワさん
本当に、なんで成績なんてつけるんだろう? つけられるほうもいやだけどさ、「成績つけるのいやだなー」って思ってる先生も、結構いるんじゃないかな。なんでそんなこと言うかというと、実は、私もそんな先生の一人だから。週一回一科目だけの「ときどき先生」だけどね。
やっかいなのは、全員に合格してほしいのに、簡単にみんなにいい成績をあげるわけにはいかないってことだ。そんなことしたら、校長先生に「真面目に仕事しろ!」って𠮟られちゃう。みんなが何が得意で何が苦手か気付けないし、頑張ればもっとできる子がいるかもしれないのに、その能力を眠らせたままにしちゃうからね。苦手な子も得意な子も本当の力を知ることができるように、ひとりひとりをしっかり見て、公平に正確につけなきゃいけない。
そう考えると成績っていうのは、生徒との能力を測るためだけじゃなく、先生をサボらせないためにも必要なものなのかもしれない。
勉強により前向きに取り組めるようにするため……ツチヤさん
成績って本当に、マツカワさんが言うように「公平に正確に」つけなくちゃいけないんだろうか? 僕は、成績っていうのは、あくまでも勉強をより先へと進めていくための道具にすぎないと思っている。成績があるから「いい成績を取るために(悪い成績を取らないように)勉強しよう!」ってなるし、努力した結果が評価されるから、勉強に自信がついて「もっと頑張ろう!」という気持ちが高まるんだ。そうやって、勉強により前向きに取り組めるようにすることが、僕が考える成績をつけることの一番の目的だ。
でもだったら、成績はむしろ不公平につけたほうがいいという考え方も成り立つはずだ。だって、褒められると伸びる人には甘めの成績をつけて、すぐ調子に乗る人には辛めの成績をつけたほうが、その人の勉強へのやる気を引き出すことができるもの。
ところで、僕もマツカワさんと同じく、学校の先生だ。そして、学校の先生がこういうことを言うと、周りの先生だけでなく、生徒とたちからもときどきすっごく怒られることがある。ここまでの僕の考え、どこかおかしいところがあるのかな?
お金や人気に左右されない物差し……ゴードさん
たしかにツチヤさんの言うように、成績にはもっと頑張れるよう励ます意味があって、その場合は、人によって基準が違っている方がいい。でも、成績の役割はそれだけじゃない。
世の中には、どうしても人を比べて選ばなければならないことがある。たとえば、運動会のリレーの選手を選ぶとき、もしも体育の成績がなかったらどうなるだろう。先生に気に入られている子や、ケンカの強い子が、足が遅くても選ばれちゃう。もしも学校の成績がなかったら、高校や大学の先生は、入学させる子をどうやって選ぶかな。学校にたくさん寄付するお金持ちの子や、校長先生の友達の子どもを、勉強ができなくても入学させると思う。
つまり、成績は、お金や人気や力の強さと関係なく、誰でも平等にチャンスを得れるようにするためのしくみでもあるんだ。だから、こういう成績は、マツカワさんの言うように、公平で正確につけないといけない。
成績をつける理由はいろいろあって、それに応じて成績のつけ方も変えるべきなのに、私たちは、成績には一種類しかないと誤解してしまっているのかもしれないね。あなたは、どんな場合にどんな方法で成績をつけるのがいいと思う?
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<5人の哲学者をご紹介>
河野哲也(こうの・てつや)
立教大学文学部教育学科教授。専門は哲学、倫理学、教育哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」副代表理事。著書に『道徳を問いなおす』、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』、共著に『子どもの哲学』ほか。
土屋陽介(つちや・ようすけ)
開智日本橋学園中学高等学校教諭、開智国際大学教育学部非常勤講師。専門は哲学教育、教育哲学現代哲学。NPO法人「こども哲学 おとな哲学アーダコーダ」理事。共著に『子どもの哲学』、『こころのナゾとき』シリーズほか。
村瀬智之(むらせ・ともゆき)
東京工業高等専門学校一般教育科准教授。専門は現代哲学・哲学教育。共著に『子どもの哲学』、『哲学トレーニング』(1・2巻)、監訳に『教えて!哲学者たち』(上・下巻)ほか。
神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東洋大学京北中学高等学校非常勤講師、東京大学大学院教育学研究科博士課程在学。フリーランスで哲学講座、哲学相談を行う。共著に『子どもの哲学』ほか。
松川絵里(まつかわ・えり)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスで公民館、福祉施設、カフェ、本屋、学校などで哲学対話を企画・進行。「カフェフィロ」副代表。共著に『哲学カフェのつくりかた』ほか。
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