誰もが一度は抱いたことのあるような問いについて、4人の哲学者が、子どもたちとともに考え進めていくという形で書かれた『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版刊)。大人も子どももいっしょになって、ゆっくりと考えてみませんか。本書から一部をご紹介します。本書のもとになった「てつがくカフェ」は、毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中です。
お母さんはたいてい正しい……ムラセくん
この問いを考えてくれた君は、いつもお母さんの言うことを聞いていたら、友だちに「君は母親の言うことを聞き過ぎる」と言われてしまったんだよね。どういうときに、君はお母さんの言う通りにすればいいと思う? 言う通りにするときの理由を考えてみよう。
一つ目。お母さんが正しいことを言っているから。この答えのポイントは「お母さんが言ったから」ではなくて「正しいから」そうする、というところだ。お母さんでなくても、誰かが正しいことを言っている場合は、その考えにしたがったほうがいいよね。
二つ目。お母さんは「たいてい正しい」から。これは、君に自分の意見がないときに有効だね。よくわからないときや、自分では判断がつかないときは、お母さんなど信頼できる大人の言うことを聞いておいたほうがいいかもしれない。
三つ目。言う通りにしないと、お母さんが怒ったり悲しんだりするから。もしかすると、じっさいにはこれがいちばん大きな理由かもしれない。けれどこの理由だと、ほんとうにしたがっていいかどうか迷うよね。お母さんが言っていることが正しいとも思えなくて、言う通りにしたくない場合などは、すごく迷う。そういう場合は言う通りにしなくてもいいと思うよ。
でもそんなときは、言う通りにしたくない理由をきちんと伝えなくてはいけない。自分の考えを伝えて、お母さんの意見もしっかりと聞こう。じっさいに自分の思った通りになるかはわからないし、お母さんの怒りや悲しみはなくせないかもしれないけれど、君が考えていることを理解してはくれるんじゃないかな。
どうやら、言う通りにするかどうかはその理由次第で、場合によっては言う通りにしなくてもいいみたいだね。
お母さんが正しいという思い込み……ツチヤくん
ムラセくんは、お母さんの言う通りにしていい二つ目の理由として、「お母さんはたいてい正しいから」と言っている。でも、これはほんとうだろうか? ムラセくんはこのことを特に疑ってはいないみたいだけれど、僕はここに引っかかりを感じるな。
たしかに、たいていの場合、お母さんが言っていることは正しいし、その意味でお母さんはあなたにとって信頼できる大人であるように思われる。では、そもそもなぜお母さんは、あなたに正しいことを伝えるのだろう?
たぶんその一番の理由は、お母さんがあなたのことを愛しているからだ。あなたが大切で、あなたの幸せを心の底から願っているからこそ、お母さんはあなたに「正しい」(少なくとも、お母さん自身が「正しい」と信じている)ことを伝えて、あなたを間違った道に進ませないようにしているんだ。
でも残念ながら、すべてのお母さんが子どもを愛しているとは限らない。なんらかの理由でお母さんが子どものことを嫌いになり、子どもよりも自分の幸せを優先させているような場合もある。そんな場合には、お母さんは自分が得をするために、子どもにうそをつくかもしれないし、子どもにわざと「間違った」ことを教えるかもしれない。そんなときに、子どもがそれに気づかず「お母さんの言うことだから」と何も考えないでしたがっていると、結局は子ども自身が不幸になってしまう。だから僕は、お母さんの言う通りにしてはいけない場合もあると思うし、最終的にその判断は、子ども自身がよく考えて下さなければならないと思うな。
自分の道をゆこう……コーノくん
ムラセくんやツチヤくんの言っていることもわかるけれど、ほんとうの問題は別のところにあるんじゃないかな。二人が言うように、自分が正しいと判断したときには、母親の言うことでもきちんと反論したり、したがわなかったりするほうがいいよね。でも、そういう質問をする君は、何かを判断するときには、いろいろ考えて自分自身で決めなくてはいけないということをもうわかっているよね。
でもきっと、その友だちはそういうことではなく、「母親の言うことばかりを聞いていないで、もっと自分たちにつきあえ」って言っているんじゃないかな。友だちにとって、君のお母さんが正しいかどうかが問題なんじゃない。もっと簡単に言うと、家族よりも自分たちを選べって言っているんじゃないかな。もしそうなら、そして君がその友だちを好きなら、いっしょに行動すればいいよ。
でも面倒くさいとか嫌だなと思ったら、「そんなにいっしょにいてほしいか」と言ったらどう? 低く静かで、でも強い声でね。きっと友だちは君に無理を言わなくなる。お母さんの言うことばかりを聞いているのもおかしいように、いつも友だちの言うことばかりにしたがうのもおかしい。親からも、友だちからも、適度に距離をとるんだ。自分の道をゆこう。
まとめ 世のなかアドバイスだらけ……ゴードさん
自分がすることって案外、自分一人では決められない。あなたはまだ子どもだから、大人から「こうしなさい」「そんなことをしてはいけないよ」などと言われることが多いよね。
それに、行動に指図をしてくるのは、大人だけじゃない。兄弟姉妹や、同年代の友だちも、あなたのすることにいろんなアドバイスをしてくる。テレビや広告、本などを見ても、食べ物や服装、勉強のやり方、遊び方――ありとあらゆるアドバイスがある。ほんとうに、世の中アドバイスだらけだね。いったい、誰のどんな言葉にしたがったらいいんだろう。自分一人で決められないのは、じつは多くの大人も同じだということに、あなたはもう気づいているかな。だから、いまはまだ子どものあなたが人の言うことにしたがっていていいのか疑問に思うのは、とてもいいことなんだ。
はじめの問いは、「お母さん」の言う通りにしていいか、というものだったけれど、三人の話を聞いていると、どうやらそのアドバイスをしたのがお母さんかどうかというのは、そんなに重要ではないみたい。まずいちばん大切なのは、そのアドバイスの「内容が正しいかどうか」ということ。言ったのが誰かということとは関係なく、内容が正しいとあなたが考えたなら、それにしたがえばいいんだね。
でも問題は、内容が正しいかどうか、自分では判断がつかないようなときだ。そんなときには誰の言うことを聞いたらいいのかな。ムラセくんは、いままでによく正しいことを言っていた、信頼できる人にしたがうといいと言っている。なるほど、それはいい考えだね。でも、そういう人でも間違ってしまうことはあるのではないかな。
ツチヤくんは、アドバイスをする人がほんとうにあなたのことを愛していて、あなたのためを思って言っているかどうか、見きわめようと言っている。でも、コーノくんが言うように、たとえば友だちが「君のお母さんよりも僕たちのほうが君のことを大切に思っているから、僕たちの言うことを聞いたほうがいい」と言ってきたら、どうすればいいんだろう。誰がいちばん自分のことを思ってくれているかなんて、どうしたらわかるのかな。
それに、いくらあなたのためを思って言ったとしても、やっぱり、間違ったことを教えてしまうことはある。だから、あなたを愛してくれる人の言葉ならいつでも必ずしたがっていいということにはならない。それなら、ほかにどうしたらいいんだろう。
★「てつがくカフェ」は毎日小学生新聞で毎週木曜日に連載中
<4人の哲学者をご紹介>
コーノくん 河野哲也(こうの・てつや)
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は哲学・倫理学・教育哲学。現在、立教大学文学部教育学科教授。NPO法人「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」(副代表理事)などの活動を通して哲学の自由さ、面白さを広めている。
ツチヤくん 土屋陽介(つちや・ようすけ)
千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)(立教大学)。専門は子どもの哲学(P4C)・応用哲学・現代哲学。現在、開智国際大学教育学部准教授。
ムラセくん 村瀬智之(むらせ・ともゆき)
千葉大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。専門は現代哲学・哲学教育。現在、東京工業高等専門学校一般教育科准教授。
ゴードさん 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門は哲学教育。現在、長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科講師。中学校・高等学校等での対話的な哲学の授業のほか、哲学カフェ、哲学相談などの実践・研究も行っている。
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